田中 冬一郎(たなか とういちろう)
一般社団法人ワオンプロジェクト設立者。アートプロデューサー、銀行員、終活カウンセラー。
アートマネジメント学会関西部会『幹事』/大阪を変える100人会議世話人/認定NPO法人サービスグラントAD、PM。2007年アートスペース「アトリエ輪音」の運営を始め、2014年一般社団法人「ワオンプロジェクト」を設立。以降『文化のセーフティネットを創る』を目的に、各地で小さな場づくり、事づくりに取り組んでいる。
同世代の中高年が抱える問題に、アートでもっと関わりたい。
アートに興味のない人を、表現活動に巻き込んでいく。
——まず「ワオンプロジェクト」について、活動の内容や立ち上げたきっかけについてお聞きしたいと思います。
2007年に、大阪・日本橋にアートスペース『アトリエ輪音』を開いたのがプロジェクトの始まりです。当初は若手アーティストに発表の場や発信の機会を作る活動をしていました。それが第一段階とすると、ここ数年は第二段階にきています。まず関わっているメンバーが、若手ではなくなっていること。そしてイベントやシンポジウムも大切ですが、もっと裾野を広げていくことが大切だと思うようになりました。
——若手アーティストの支援だけでなく、アート全体に関わる人を増やすということでしょうか?
世の中にはアートに興味がない人がたくさんいます。僕の昼間の職場である銀行でも、周りには美術館に行く若い女の人はたくさんいますが、彼女たちはギャラリーには行きません。アートはわからない、理解できないという断絶感があるんです。興味のあることにはいちばんお金を使ってくれそうな人たちが、アートに抵抗があるのは何故だろうと思っていて。そういう人たちには、アートと言い続けるよりは、アートであることを隠して近づくほうが良いと気づきました。
——真正面からではなく、別方向からアプローチをするんですね。
アートという言葉を使わず、気づけば表現者になっている……みたいな状況を作ろうという感じですね。アートに興味のない人を丸め込むというか、いかに表現活動に巻き込むかを、あの手この手でやっているのが最近です。
——いわゆる絵画や造形というアートより、もっと大きな意味での表現という感じでしょうか。
以前はアート業界のなかでアーティストがどう食べていくか、という感じでしたが、今はいろいろな業界の人をどう巻き込むかを考えています。アーティストも人間なので、みんなが楽しく生きていくためのことを考えたほうが良いんじゃないか、とか。人間の生き方とか、そういうところにシフトしつつあります。
メンバーのひとり、谷口彩さんは、アートマネージャー、認定ワークショップデザイナー、ファシリテーター。大学在学中から美術館ボランティアや看視員、イベントの企画、運営などを手がけてきた。「田中さんも私も、基本は企画屋であり運営屋。ぶつかることもありますが、自分がやりたいことをやるっていうところに関しては一致しています」
活動は実験。事を起こして何が起きるか見てみたい。
——現在は、どのような活動を主にされているのですか?
公募型WEBアウォード「クリエイティブアウォード関西」や、はちみつとフリーペーパーの専門店「はっち」、住み開きスペース「日常避難所511」(※現在は選書専門店KENKADOU『511』)をやっています。511は僕の自宅マンションで、いわゆるおっさんの自宅の一室をイベントスペースとして売り出したらどうなるか、という社会実験です。
——ご自身のお住まいをイベントスペースに?
知らない大学生のコンパが持ち込みであったりとか(笑)。自分のプライベートにどこまで自分が固執するのかという実験と、プライベート空間をどこまで共有するかのバランスを毎日実験している感じです。わざわざ住み開きをするために、部屋を契約したのは珍しいケースかもしれませんね。
——住み開きのために部屋を借りられたんですか!まさに「実験」ですね。
「はっち」も事務所の空きスペースでなにをやろうかと考えたときに、お金を取るスペースは他にたくさんあって面白くないので、お金にならない文化を守ろうとフリーペーパーのお店にしました。フリーペーパーのお店自体は東京や京都にもありますが、大阪ではうちだけです。フリーペーパーを扱うことで、どういう反応が起きるかっていうのが結構楽しいですね。
——フリーペーパーの「お店」というのが、不思議ですね……。
フリーペーパーなのに「持って帰っていいんですか?」って聞かれますから(笑)。発行者もうちも利益は発生しませんが、でもお互いに、お金にならないやり取りの中でどういう信頼価値が生まれるかっていうのは、やっていてすごく楽しいですね。今ちょっと拡大して、紙媒体と食文化っていうものを伝えていこうかと考えています。3年目に突入するので、これからが楽しみですね。
——「クリエイティブアウォード関西」はどのようなコンセプトで?
文化のボトムアップというか、上からの偉い先生の権威付けではなく、友達を応援するような感覚でお互いの活動を理解したり、つながり合えたらいいなという思いで2013年に始めました。審査員も著名な先生ではなくて、20〜40代の現場で創造的な活動をしている人にお願いしています。
クリエイティブアウォード関西2017授賞式。ファイナリスト16組がプレゼンテーションを行った。
銀行員でアートプロデューサー。そのバランスがベスト。
——銀行員である田中さんが、アートに関わる理由や、きっかけを教えてください。
入行してしばらく後にITブームが来て、第二第三のホリエモンを目指す人が巷に溢れていました。そういう人たちと毎日会っていると、疲れてくるんです、お金のことしか言わないので。お金の生み出す価値もわかりますが、お金で変わっていく人を間近で見て、こちらもちょっと荒んでくるというか。その時にたまたま嶋本昭三先生がやっているAUという団体と出会って、お金にならないことを真剣に楽しみながらやっている人たちが、すごくかっこよく見えました。自分の表現を追求している人、伝えたい人が、こんなにたくさんいるんだということを知りました。
——対極の世界に出会ってしまったんですね。
彼らとボランティアやスタッフで関わるうちに、もっと発表の機会や場所を作れたらと思うようになったのですが、銀行員の肩書きだと何だか警戒されるんです。それで、やはり団体を作った方がいいのかなと思って、元居酒屋を自分たちでリノベーションして「アトリエ輪音」を立ち上げました。
——全く知らないアートの世界に飛び込んで、戸惑いなどはありませんでしたか?
わからないことはなんでも学ぼうとするタイプなので、むしろ楽しかったです。30代の頃はギャラリーの存在も知りませんでしたし、アーティストの友達もいませんから、アートに関して真っ白な状態。だから片っ端からいろんなところに行きました。マダムが集まる場違いなギャラリーに行ってしまったり、アートコレクターの集まりや海外にも行きましたし、大学の先生にも会いに行きました。
——ご自分で表現活動はされようとは思わなかったんですか?
少しだけ写真をやっていた時期もありましたが、すぐに違うと思いました。イベントを主催しながら作品も出すとなると、どちらもストレスになってくるんです。その時に、「作家よりも企画一本のほうがいい」と思い、そこから自分の表現活動自体には興味がなくなりました。
——企画やプロデュース、マネジメントのほうに専念されることに?
僕にとって場所を運営していろんな人と関わることが、表現活動とも言えるので、それはそれで楽しいですよ。その場所で起きたことをどう伝えるかとか、すべて僕は表現活動だと思っています。僕は好き嫌いもこだわりもないので、どんな人でも肯定できるんです。これはむしろ、場所を運営する上で武器になると思いますし、自分には向いているなと思っています。
——銀行員とアート系NPOの代表。真逆ですよね。
精神衛生上その方がいいんですよ。好きなことだけしていると飽きてしまいますから。違う角度から見るからこそ良さがわかったり、モチベーションが枯れないんです。僕はワオンを10年やっていて燃え尽きないのは、銀行の仕事で気分転換しているからかもしれません。
——銀行員の目からご覧になって、アーティストの現状をどうご覧になりますか?
銀行に持ってくる、ビジネスプランみたいなプレゼンをするアーティストが増えた気がします。収益やビジネスを意識している人が多くなっているというか。ビジネスの先端にいる人はアーティスト的な感性や能力が必要だと考えているのに、当のアーティストと名乗っている人たちが、いわゆるビジネスでは「普通」のことを言い出しているのは、つまらないなと思います。
中高年の抱える問題を、楽しい方向に持っていきたい。
——田中さんの夢や、「ワオンプロジェクト」のこれからの展望についてお聞かせください。
続けていくことを大前提にしています。今活動が10年半になるのですが、何もなければ20年30年続いていくと思いますし、そうなればいいなと思っていますね。団体をやっていると、大きくなりたいとか有名になりたいとかそういう空気がありますし、実際そう思ったこともありました。でも今はむしろ小さく日常的に継続していくことの強さが、大事じゃないかと思っています。
——日常的な活動の中で、その時代に即した活動をしていくということでしょうか?
続くことが決まっているので、コンセプトをガチガチに固めなくても良いというか、くねくねしていて良いのかなと思っています。ワオンプロジェクトは、特定のメンバーとずっとやっていくという考えではありません。僕がやっているのは、表現したい人が参加できるプラットフォームを作ることなんですよ。
——「団体」ではなく、参加できる場や仕組みを作っておられるということですね。
あとは世代交代も意識しています。これまでのような若手を応援する活動はそろそろ次の世代に引き継いでほしいですし、僕自身は40代なので、同世代の中高年向けにできることを考えています。中高年が抱える孤独死や介護の問題が僕の中ではアツくて、それらの問題を重たい方向ではなくて、楽しいほうに持っていけないかな、と考えています。孤独死って名前がもう悲しいので、もっと違うネーミングをつけるのはどうか、とか。
——確かに「孤独死」って嫌な名前ですね……。そして中高年の問題に対して、あまりアートがアプローチしていない印象もあります。
いま中高年の問題をリサーチしていて感じるのは、アートプロジェクト全般に若者向けの企画が多すぎること。中高年限定のアートプロジェクトがないのが不思議で、企画を出したこともあったのですが、そういうことを不自然と思わない人の方が僕は不自然に感じていて。中高年は増えているのに、若者向けのアートプロジェクトを増やしてどうするんだろうと思います。